エビ中メジャーデビューツアー第3話@ららぽーと柏の葉 その3

扉の向こうから姿を現したのは、素朴な少女だった。

頭にはキラキラ輝く、ティアラのようなカチューシャ。
一見、ジャスミン?と思った。
それくらい、見た瞬間は間違いなく王女様だったんだ。

でも、見れば見るほど、飾らない、そのままの女の子。
冒険はしない、背伸びをしない、でもちょっとだけオシャレに。
そんな着飾り。

かわいいー!とか自分は言ってたのかな…
記憶がない、何も言えなかったと思う。
ただただ、その姿に、他への意識を全て強制遮断されていた。
目の前にいる彼女に、全てを持っていかれた。
それは視線だけじゃなくて…

うん。キミはやっぱり、慈しみのプリンセスだよ。


入場時に渡された光の印が、1つ、また1つと輝き始める。

ひろのが好きな色は、ピンクと水色。
だけど、あえてバラバラにしたみたい。

それ、いいと思う。
一色に統一するのもキレイでいいけど、ここにいるのはひろのヲタだけじゃなくて、
たくさんの方面の人が集まっていて、つまり文字通り色々。
それを表現するストレートな光景を作り出せたんじゃないかなって思った。
まだ辺りに暗さは訪れてないけれど、視認出来る各色の煌き。

座りの最前列前に、さらにカーペットが敷かれ、8人もそこに座って見ることに。


その時間。


イントロで理解するには、少し時間がかかった。

子供の頃に何度も見ていた物語。
あの道の先に広がる世界の中では、僕はこの物語を一番多く目にしているだろう。
でも、何年も遠ざかっていて、それが記憶の召喚に時間を割いたのかもしれない。

たとえどんなに時間が経とうとも、決して色褪せることがなく、
常に動くことのない時間の個として存在し続ける物語。

僕が子供の頃、彼女が子供の頃。
僕が大人になっても、彼女が大人になっても。

それは絶対に変わらず、いつまでも同じ世界を描き出してくれる。
その見方は成長によって、違う角度、違う顔を見せるかもしれないけれど、
流れる音楽は、いつも心を潤してくれる、優しくしてくれる。

その歌声。

それは、ずっと待ち続けていた、届け物。

黒のローブではないけれど、可憐な服に身を包んで。

ホウキではないけれど、自分を伝えるマイクに姿を変えて。

魔女ではないけれど、不思議な魔力を持ったアイドルとして。

1年越しの宅急便、今届けにきてくれたんだね。





たどたどしい歌い方。
決して上手くない歌唱。
単純な振り付け。
踊りとは言えない動き。
いきなり歌詞を忘れて、笑ってごまかすその愛くるしさ。

何をとっても、一般的にイメージされるアイドルとはかけ離れた存在。
キレのないダンスと、不安定な歌唱力。
エビ中が昔から掲げるフレーズを、いまだに、唯一体現している存在。

誰よりも歌がヘタ。
誰よりもダンスがフニャフニャ。

でも、誰よりも諦めない。

魅力、魔力、努力。

秘めた情熱は静かだけど、確実に燃えているから。
台本なんかじゃない。
今まで何度も見せてきたその姿は、絶対の本物なんだ。

だから。

今、キミは魔法を使えたんだ。


一瞬で空気が変わった。

その名の通り、会場がやさしさに包まれた。
少しでも手荒に扱えば破れてしまう、クレープのように繊細に。
そんな甘い香りを漂わせるひと時の奏。
儚さ。

さっきまで賑やかに、激しくうごめいていた世界の色が変わった。
この一変は、キミにしか出来ない。
キミの魔法で生まれた世界。

その舞う姿は、薄命の少女。
悲しき運命を背負い、受け入れるしかなく、ただ過ぎていく日常。
そんな中出会った1つの曲。
白いベッドを抜け出し、窓から見ていた緑樹の下へ。
太陽を避けるように、木陰を小さな歩幅で歩きながら、
か細い声で、覚えた調べを小さく口ずさむ姿。
やがて訪れる次の世界へ旅立つ前に、自分の証を今の世界のどこかに届けるように。
そんな、幻影。
そのまま絵本から迷い込んできた姿。
僕らの現実は、=彼女の幻想。

落ち着きの色。
みんなが手にした光を揺れ動かして、小さな魔女を彩ってくれた。

どこか弱々しい、今にも消えてしまいそうな灯火。
ロウソクの灯りよりも、はるかに微かな。
それを消えないように、みんなが支えてくれる。

作ろうとかじゃなくて、自然に行き着いた結果なんだと思った。
あれこれ考えなくても、これが一番の自然体。
あるべくして、なるべくして、出た答えがこれなんだって。

それくらい、流れるメロディーと、彼女の持つ清廉さが合致してた。

嬉しいとか、悲しいとか、そういう色合いの濃い感情じゃなくて、
こんなに穏やかな時間が流れるのって初めて。
やすらぎ、安らぎじゃなくて、やすらぎ。
そんな微妙なニュアンス。

不思議なんだ、どうしてこんな緩やかな時間を紡げるのだろう。
どんな争いが起きていたとしても、彼女がいるなら、
全てを1つにまとめ、平穏をもたらすことが出来る気がした。

彼女のパレットには、どんな色が準備されているのだろう。
パステルカラーに塗られた、やさしいこの絵画は、
批評の対象には成り得なく、ただそこにあることへの笑顔が集まるんだ。

そんな、あたたかいストーリーが、パタンと1つに閉じられた。


ずっと見てた。
笑顔で見ていようって。

でもね、ダメだったよ。
最後の最後で。

初めて聞いた曲じゃない。
だから構成を知ってる。
次にどうなるか、終わりがどういう流れなのか。
だから、どうしても一歩先を思い出してしまう。

ラストのメッセージ、少し早く、少し高く、終わりを迎えるその一言の展開。

長い道を走ってきた孤独なランナーを、ゴール地点で迎え入れるように、
先に待ち構えてしまったから、少しずつ滲んでいた視界に、手を加える形となってしまった。

クルンと回転しながら放つ言葉。
その質素なフィナーレが、彼女のらしさそのものだったから。

キミのメッセージ、みんなに伝わったよ。


安堵。
それは誰にとってもだったかもしれない。
緊張はもうなかった。
だけど、終わってみれば、やはりそれはどこかに持ち続けていたんだと思う。

ただ歌ったんじゃない。
余興でも、お楽しみコーナーでもない。
人より不得手なのを自覚しているからこそ、これは1つの挑戦。

ジャイアンのリサイタルみたいになっちゃったけど、
 みなさんの前でこうやって歌うことで、自信になりました」

本人にとってはジョークではなく、本当にそう思ってたのかもしれないが、
笑いを誘いつつも、臆することなくそうやって言ってのける。
その後に続いた言葉を聞けて、本当に嬉しかった。

今まで見せることを避けていた、嫌がっていた。
生誕でソロを歌うという出来てしまった流れに対して、随分前から曇った顔をしていた。

少しずつ自分の番が近付いてくる。
当然持たれてしまう期待、かけられる言葉、それによる重圧。

2月が終わり、次は自分。
当初は仕方ないから…という想いだったかもしれない。
義務としてだったかもしれない。

でも、彼女にとって、弱い自分をさらけ出すオールソロは、
何よりも勇気を必要とする最大級の大冒険。
その航路を終えて辿り着いたのがあの言葉。

それがとても嬉しかったんだ、喜んだ。
よかったね…ほんとに…。

いっぱいのやさしさに包まれたよ。

ありがとう、ひろの。